ホテル日航関西空港
総支配人 近藤高 様

大きな転換期を迎える宿泊業では,
文化の壁を超えた公正な関係性作りが,
未来への歩みを進める道標になる。

PROFILE

1961年生まれ。1984年,株式会社ホテル日航大阪に入社。宿泊部,料飲部,購買部などを経て,「ホテル・ニッコー・サイパン」,「ホテル・ニッコー・サンフランシスコ」,「ホテル・ニッコー・ロイヤルレーク・ヤンゴン」など,海外のホテルを経験。2019年「ホテル日航関西空港」に移り,9月から現職である総支配人に就任。

2021年に開催される「東京五輪・パラリンピック」をはじめ,2025年に開催が決まった「大阪万博」。この2大イベントの影響により,市場が大きく変わると予想されているのが宿泊業界です。インバウンド需要の高まりに応じて,都市部では大規模ホテルが次々と誕生。同時に,海外からの宿泊者に対し,よりスムーズなサービスを提供するため外国人スタッフの採用も増加しています。そうした変化が求められる時代に突入する以前から,外国人材の重要性を見抜き,活用に取り組んできたのが「ホテル日航関西空港」です。空港ホテルであるため利用客の半数以上が外国人という特徴から,開業以来,外国人材の活用方法やその価値について向き合い続けてきました。そこで今回は,総支配人の近藤高様に宿泊業界と外国人材の活用をテーマにお話をお伺いしました。

インタビュー写真1

価値を引き出し,磨き,広げる。
その使命を胸に

若松:
ご存知の通り,日本ではインバウンド需要が高まるにつれて,色々な業界が外国人材の活用に目を向けるようになりました。特に,宿泊業では事業価値の柱となるサービス力を高めるため,フロントやレストランなどで外国人材の採用を推し進めています。そうした大きな転換期を迎える宿泊業界の中では,空の玄関口である関西国際空港に隣接するホテルということで,数多くの外国の宿泊者様に対応するため,以前より外国人材を活用され,その大切さを十分に理解されているのではないかと思いました。今回は,そのあたりについてお話をお伺いしたいと思っています。
近藤様:
おっしゃる通り,当ホテルでは外国から来られるお客様が多いです。割合で言えば,50%から60%ぐらいですので,早くから外国人スタッフの活用には注目をしていました。今では,モンゴル,台湾,中国,イギリス,フィリピン,ブラジルの方が私たちと一緒に働いています。
若松:
業務的には,どんな役割で働いていらっしゃるのですか?
近藤様:
総務,営業,企画,ハウスキーピング,レストラン,宿泊系もいます。海外に行った際に,言葉が通じないというのは一番のストレスになりますよね?それを防ぐためにも,あらゆる業種に外国の方を採用していますよ。
若松:
私も経験上,言葉が通じないときの大変さは痛切に感じます。ただ,それだけ色々な国籍の方が増えると,日本語の教育面で苦労が多かったのではないですか?外国人材を育成するには,日本語だけではなくて英語を熟知しなければいけませんよね。
インタビュー写真2
近藤様:
幸いにして,スタッフ同士でうまくコミュニケーションをとれるような環境作りに取り組んできたおかげで,外国人スタッフ同士もとても仲が良いんです。だから,先に日本で働いていた先輩が後輩にきっちりと日本語や日本的なコミュニケーションについて教えるという体制ができています。
若松:
素晴らしいですね。国籍が異なるスタッフ同士が垣根を越えて,互いに支え合える環境づくりに取り組んだことで,自然と学ぶようになったと。ちなみに,それはどんな取り組みだったのですか?
近藤様:
実は,とても些細なことなんです。徹底したのは,声掛け。挨拶はもちろん,上司は部下のことを気にかけて積極的に言葉をかける。私も率先して廊下ですれ違う時にお話をしますし,顔を合わせる機会が少ない人ほどしっかりと会話をするようにしています。“気にかけられている”という意識が,互いを信頼することにもつながりますし,何より話しやすい雰囲気作りになると思ったんです。
若松:
確かに,普段から会話をしていると,何かと相談しやすくなると思います。その雰囲気が外国人スタッフの方にも波及して,言葉の壁という課題を解決されたのですね。客観的に見れば,言語を学ぶ研修などを作った方が,効率的に日本語を学べるようにも思うのですが,あえてそうされなかったのはどうしてなんですか?
近藤様:
もちろん,今後外国人スタッフの人数が増えてくれば,カリキュラムなどの作成が必要かもしれません。ただ,私は当ホテルのほかに,アメリカやサイパンでの勤務経験から,外国人スタッフには底知れぬポテンシャルがあると思っていました。あえてという訳ではないのですが,私はその部分を信頼して,日本人と同様に成長してくれるはずだという思いがあったので,自主性に委ねようと。
若松:
どのようなポテンシャルを感じられたのですか?
近藤様:
特に,東南アジア圏について言えば,圧倒的なハングリー精神がありますね。母国で暮らすご家族のために必ずここで大きな成果をあげようという思いで,誠実に仕事に向き合います。あと,外国人スタッフは総じて,接客する上で重要となる「自然な笑顔」が素晴らしいです。そうした魅力は,日本人スタッフにもどんどん波及していくんですよ。
若松:
競争心というか「私も,同じように頑張ろう」という気持ちから,互いに切磋琢磨する良い環境になると。だからこそ,画一的に管理をするのではなくて,自主的に伸び伸びと学べる環境作りを進められたのですね。
近藤様:
そうなんです。外国人スタッフの誰もがこのホテルで働くことに喜びを感じ,そのポテンシャルを大きく成長させる。外国人材にしか発揮できないその価値を引き出し,磨き,周囲に広げ,ホテルの強みに変えていくのが,私の役割だと思っています。
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互いの文化を尊重し,認め合う
公正な関係性が突破力を生む

若松:
外国人スタッフの方が,ホテル事業でどのような価値を発揮するのかについては,とても良くわかりました。ただ,外国人材を活用する際に,必ず解消しなければいけない問題として文化の壁というのがあると思います。言語の壁は突破できても,価値基準や習慣にバラつきがあっては,同じ目標に向かって歩むのは難しいですよね?その課題をどのように解消されたのでしょうか?
近藤様:
かつて,弊社のチェーンがドバイにあったのですが,そこでは33カ国ものスタッフが働いていたそうなんです。当時の支配人に話を聞くと,「意思の統一がいちばん大変だった」と言っていました。大げさに言えば,33もの別々の価値観を持つスタッフの意思を統一しなければいけない訳ですから,大変なのは容易に想像がつきます。私は,先ほど申し上げたように,アメリカ,サイパン,ミャンマーで勤務をしてきたので,その課題とは常に向き合い続ける必要がありました。そこで,思い当たったのが,公正に物事を判断することでした。
若松:
どちらか一方の意見を押し付けるのではないということですか?
近藤様:
その通りです。生まれた国が違うと,何もかもが異なります。コミュニケーションの仕方も違えば,衛生基準も違う。細かい話で言うと,床で食事をする文化の人もいれば,電話を使ったことがないという人もいるんです。そういう方々と仕事をすると,ことによれば「なぜ,注意を受けたのかその理由がわからない」という場合もあります。それらの違いを互いに分かち合い,譲り合い支え合いながら,その人が理解しやすい言葉や指導を行うことで,うまく意思が統一できるようになったんです。
若松:
相手の文化を無視して意見を押し付けるのではなくて,その人の価値観を把握した上で,もっとも理解しやすい手段を選び取って目的を浸透させたのですね。そのためには,長い時間をかけてじっくりと相手を理解していく訳ですか?
近藤様:
そうですね。どういう場所で生まれて,どんな環境で育ったのか。詳細にその人の価値観を理解しようと努めます。当ホテルに限って言えば,空港ホテルという事情から多国籍のお客様が数多くいらっしゃいます。その関係で,色々な国の生活習慣を間近に見られますし,会話をする中で自然と異文化への理解が深まることもありますね。
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若松:
異なる文化や価値観を理解する上では,最高の環境と言えますね(笑)。そういった取り組みを進める中で,帰属意識というか愛着を醸成するためにどのような施策をされているのですか?やはり,離職率を抑えることも大切な要素だと思うので。
近藤様:
そこは,国籍に関係なく日本人スタッフでも同じだと思っていまして,いかにして“働きやすさ”を感じてもらえるかだと思っています。例えば,社員食堂をおいしくすること。お客様に提供する良い食材を使って,スタッフ用のメニューを作っているんですよ。
若松:
ある時代は,他社と比べて給料がいくらか高いとか福利厚生が充実しているというのが,大切とされていましたよね。そうではなくて,“居心地の良さ”が求められているんでしょうね。私も会社を経営する立場として,とても理解できます。
近藤様:
その思いで取り組んでいますよ。従業員にとって居心地が良い環境を作るために,「従業員満足度調査」というアンケートも実施しています。みんなが感じている不安や不満をしっかりと書いてもらい,私や幹部たちが真摯に受け止め,スタッフ全員と共有しながらしかるべきところは改めていくんです。
若松:
確か,Googleが行った調査だったと思うのですが,チーム力を発揮するためには「心理的安全性が必要」というものがありました。自分の考えを自由に発言したり行動に移せたりする状態のことを言うらしいのですが,そういう環境を作ると,色々な人から積極的な意見が出て,チームの結束力が強くなり,組織力が高まるのだそうです。
近藤様:
別な言い方をすると,自分の意見が組織に反映されるということは,この場所に必要とされているという意味にもなりますからね。そこに,働く意欲や仕事のやり甲斐につながっていくのだと思います。
若松:
目的意識を統一させるお話もそうでしたが,大切なことは互いの文化を尊重して認め合うということなのだと感じました。文化の壁を突破するためには,異文化を知ったり受け入れたりするのが大切なのですね。
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挑戦を続けることで,
未来への価値を提供する

若松:
外国人スタッフの価値を引き出し,ホテル全体の強みに変えていくという使命の中で,細かい部分に気を配り丁寧な取り組みをされていることが本当に素晴らしいと思いました。外国人スタッフ採用に関連したビザ取得の手続きについても,私たちが関わる前までは社内で担当されていたそうですね。引き継いだ時には,法令遵守の徹底ぶりには驚きました。なかなかここまで丁寧に対応されるお客様は少ないですよ。
近藤様:
やはり,どれだけ優れた外国人材だと思って採用を検討しても,いざ手続きの段階になってビザ取得が難しいとなれば,色々な準備が無駄になってしまい,私たちよりもその方自身に大きなリスクが伴います。少しでもそのリスクを減らすためにも,じっくりと法律と照らし合わせながら手続きを進めてきました。第一綜合事務所さんには,2019年4月からの外国人材活用に関する法改正もあり,新たな外国人材の受け入れや挑戦をしたいとの思いから,ご支援いただくようになりました。若松さんから見て,私たちが今後,挑戦すべきことは何だと思われますか?
若松:
ひとつは,外国人留学生インターンの受け入れでしょうか。まだまだ,宿泊業界では浸透していないのですが,幅広い業務への理解が必要なホテルのお仕事との相性はとても良いと感じています。それ以外にも,一見すると学びを提供するだけの制度だと思われがちですが,そうではありません。インターン生に教育することの大切さや難しさを学びながら,海外のホテル事情について教えてもらえる機会もある。互いに学ぶことができる素晴らしい制度だと思いますので,ぜひインターンの受入れにチャレンジしてもらいたいと思っています。
近藤様:
確かに,ホテルの業務というのは特定の業務だけを理解していればいいという訳ではないですからね。フロントのスタッフに,客室やレストランについてお客様から質問された時に,すぐに回答できなければこの仕事は務まりません。そういう意味では,若松さんがおっしゃるように,幅広い業務を担当できるインターンの採用も検討してみるべきかもしれません。
若松
ぜひ取り組んでいただきたいですね。期間などの課題もありますが,ある意味では採用においても良い効果を発揮するかもしれません。
近藤様
逆に,私たちが第一綜合事務所さんにお願いしたいのは,外国人材の採用情報に関するアナウンスですね。今は特定の国籍に固まっていますが,これからはまた別の国が注目されていますとか,この国からこういったスキルを持った人材を採用できますなど。どうしても人数が増えたり法律が改正したりすると,社内でそういった情報をフォローするのは大変なので,その部分はサポートをお願いしたいです。
若松
今後はビザ取得以外でも,そういった情報を積極的に共有させていただきます。今,近藤様がおっしゃったように,事務手続きだけではないご依頼も増えてきました。例えば,とある企業様のご依頼でインドからのエンジニア系の外国人材のビザ取得手続きにプラスして,日本でストレスなく暮らせるように生活面のサポートをしたことがあります。具体的には,入国対応やオリエンテーションの実施,社外相談窓口としての役割を担うなど,外国人材が日本で安心して生活できるような取り組みです。
近藤様
手続きをして許可をとって終わりではなく,ちゃんとその会社や環境で働けるようなサポートを行った訳ですね。その部分を外国人材個人に委ねるのは本当に大変だと思うので,企業の方は助かるでしょうね。
若松
最近は,その部分での需要が高まっていることを実感しています。御社では,外国人スタッフの方々を取り巻く職場環境には課題はありませんが,別の業界を見れば色々と問題が生じている状況があります。多くは,雇い主と雇用者間の意見のすれ違いが原因となって発生しますので,勉強会という名目で互いの思いを理解し合うような機会を作る業務なども担当していますよ。
近藤様
それはいいですね!これから外国人スタッフが増えてきたら,ぜひお願いしたいと思います。やはり,外国人材の活用という意味では,大きく分けると「円滑なコミュニケーション」と「働きやすさの創出」というのが大事ですからね。その部分について手続き面を含めて対応いただけるのであれば,こんな力強いことはありません。第一綜合事務所さんのサポートを受けながら,今後もインターンの活用を含めて,外国人スタッフがもっと生き生きと働ける環境作りに挑戦していきます。
若松:
ありがとうございます。市場的には,どんどん外国からの宿泊者様が増えてくるのは確実です。その状況に備えて,色々と挑戦を続けることで未来は拓かれていくと思います。手続き以外についてもお手伝いをさせていただきますので,今後ともよろしくお願いいたします。今日は,たくさんのお話をお聞かせいただきまして,ありがとうございました。

(取材・文 橋本未来 / 撮影 吉村竜也 取材日:2020年1月24日)

近藤高様

近藤高様プロフィール

1961年生まれ。1984年,株式会社ホテル日航大阪に入社。宿泊部,料飲部,購買部などを経て,「ホテル・ニッコー・サイパン」,「ホテル・ニッコー・サンフランシスコ」,「ホテル・ニッコー・ロイヤルレーク・ヤンゴン」など,海外のホテルを経験。2019年「ホテル日航関西空港」に移り,9月から現職である総支配人に就任。

インタビュアー 若松 直

対談を終えて

誰もが知るホテル日航関西空港の総支配人の方からお話をお伺いすることができ,多くの学びをいただきました。また,日本のホテルのみならず,海外のホテルでの勤務経験をお持ちの近藤様のお話は,外国人材の活用はこうあるべきという見本をお示しいただいたように感じました。
今回頂戴したお話は,外国人材の活用に悩む日本企業のロールモデルになる内容です。
この度は,貴重なお話,お時間を誠にありがとうございました。

行政書士法人第一綜合事務所 代表社員 若松 直